不破内親王(ふわないしんのう)は、このサイトの別の箇所でとりあげている 井上内親王 の実の妹です。
どちらも奈良時代当時の政争に巻き込まれて数奇な運命をたどった女性ですが、性格的にはかなり対照的だったように思えます。詳しくは本文を読んでいただくとして、まずは彼女の年表をご覧ください。
年 西暦 不破内親王を中心とする出来事 年齢 養老七 723 この頃不破誕生、父は聖武帝・母は県犬養広刀自 1 天平十一 739 この頃塩焼王と結婚 17 天平十四 742 塩焼、伊豆に配流 20 天平十六 744 同母弟の安積親王没(17歳、暗殺?) 22 天平十七 745 塩焼、帰京(翌年に復位) 23 天平勝宝八 756 聖武帝崩御 34 天平宝字元 757 塩焼、皇太子に推されるが退けられる
塩焼、橘奈良麻呂の変で連座を免れる
塩焼、氷上真人姓に臣籍降下35 天平宝字七 763 初めて官位(四品)を授かる 41 天平宝字八 764 塩焼、恵美押勝の乱で斬殺(50歳) 42 神護景雲三 769 巫蠱厭魅事件で京外追放、厨真人厨女に改名させられる
息子の志計志麻呂も連坐して土佐に遠流
(氷上志計志麻呂供養塔訪問記) 参照
県犬養姉女、忍坂女王、石田女王も連坐して遠流47 神護景雲四
宝亀元770 異母姉、称徳帝崩御(53歳)
光仁帝即位、正妻は同母姉の井上内親王(後に皇后)48 宝亀二 771 巫蠱厭魅事件は誣告と判明、後に帰京・復位 49 宝亀六 775 井上没(59歳、暗殺?) 53 延暦元 782 息子の川継による「謀反」事件に連坐し、淡路に配流 60 延暦十四 795 淡路より和泉に遷される、その後没? 73 延暦二十四 805 川継、罪を赦される −
数奇な運命をたどった、負けず嫌いの「お騒がせ」皇女?それとも重い病におかされたかわいそうな姫?
今日まで唯一残された彼女の伝説を追いました。
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